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メッカ巡礼の続きです。
1月18日夜、義父母が帰ってきました。 カイセリ空港は、メッカ巡礼を終えた人と、迎えに来た家族でごった返していたそうです。 私は、おぶるが亡くなって死人状態だったので、連れて行ってもらえませんでした。 じゃぁ、義父母の家で待ってるかな。 と思ったけれど、おっとちゃんが 「お祝いに来る人で家もごった返してるよ。それにヨメは異教徒やし、そのことでぶちぶち言う奴が出てくるから、行かんでええよ。」と言われました。 ま、行っても行かなくても、悪口言われるだろうし、なら、家で待ってることにしました。 案の定、「メッカ巡礼おめでとう。」と言うために、100人以上の親族全員、隣近所の人たちも義父母の家に来ていたそうです。 ********************** お祝いに訪れる訪問者の数が落ち着いてから、義父母の家に行きました。 4人でご飯を食べた後、メッカの聖水をいただきました。 聖人(名前忘れました。)が踵で砂漠の砂を蹴ったところ水が湧き出て、砂漠の民の喉を潤し、病人は完治したと言われています。 飲んでみて、甘い。 思いっきり硬水です。とろみも若干ありました。 メッカ巡礼をした人に対して、お祝いに伺う人はお祝いの品を上げなければならず、日本で買った、棒針セットとベルトを渡すことにしました。 お祝い返しとして、毛布、アラブテイスト一杯の洋服、淡水パール、銀の器、お祈りする時に使うマットを貰いました。 夕食の後はメッカの話。 色んな人種がいて、特に黒人の巡礼者に驚いた。とは舅が言ってました。 隣の町のネヴシェヒルより遠くは行ったことのない舅にとって黒人は(゚∀゚)だったのでしょう。 カッパドキアには、黒人はいませんから。 姑は一回り小さくなって、激やせ。 有酸素運動をたっぷりしましたから。 インド系の人が、手でご飯を食べる姿に異常にビックリしたといっていました。 あと、メッカはゴミだらけで汚かった。もっと綺麗でゴミ一つないところをイメージしてたのに・・・。(´・ω・`) アラブの人たちはご飯を食べた後、そのまま投げ捨てるからビックリした。 聖地なのに・・・。(`・ω・´) と怒っていました。 シンガポールから来たという巡礼者の人たちがずっと義父母とともに行動をしてくれて、困った時は直ぐに助けてくれたそうです。 「やっぱり、東洋人っていいわねぇ〜。心の温かさが違うよ。」と姑が言っていて、同じ東洋人としてちょっと嬉しくなりました。 その後、メッカの写真を見せてもらいました。 巡礼中にカメラ持参なんてダメなので、メッカ周辺で売られていた印刷物です。 「3D]と書いてあるんですけれど、小さいオペラグラスにフィルムをはさんで光を当てて、手動で回しながら見るものでした。 覗くと、ああ、なるほどびみょ〜に3Dだわ。 メッカ巡礼を無事に果たし、これからは「ハッジ」という敬称が付きます。 ハッジ**さん。という感じです。 人によっては「ハジ」「ハジュ」と言う人もいます。 男性はひげを伸ばし、白い帽子を被らなければなりません。 舅はメッカ巡礼前からひげを伸ばし始めたので、今はとってもいい感じです。 女性は、白いスカーフを身に付けないとダメだとか。 姑はハッジ用のスカーフは家事をする際、とっても邪魔なので、今まで通りのスカーフです。 出かけるときやお呼ばれに行く時に、白いスカーフをします。 舅は、メッカで高熱を出した時、「このままメッカで死にたい。」と祈ったそうです。 敬虔な信者なら、どんな宗教でもそう考えるかもしれません。 でも、残念ながら舅はこの世でやる事が残っているようです。 |
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大好きなおぶさんが逝ってしまって、あっという間に3ヶ月が経ちました。
随分遠い昔のような気がしてなりません。 やっとこさ、気力・体力とも落ち着いてきましたので、ブログを再開しようかなぁ・・・。と思っています。 ただ、トータル6ヶ月イラスト(と呼べるほどには上手くないのですが。)を描いてませんので、かなり腕が落ちたはず。 それでも、宜しくお願いします。 皆様からの暖かい励ましのコメント・メールを頂き、心から感謝します。 本当に嬉しかったです。 |
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